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法華経のことばに「等覚一転名字妙覚」というのがあります。等覚の先に究極の覚り(妙覚)があるのではなく、究極の覚り(妙覚)は足下にあるということです。
デザインをしていくなかでついつい西洋風なものになってしまいがちですが、私自身大阪にいて大阪の環境でデザインをしています。
大阪風にするという意味ではありませんが、自身が吸収し、みている世界をよく見つめ直し、その中で答えをさがせばおのずと足元にその答えらしきものがあるのではないかという、そういうことをおもいおこさせてくれる言葉です。
いい言葉なので目に見えるところに貼っておこうとおもいます。
そういえば愛読書の「星の王子様」が同じことをいっていました。古今東西で語られるとなると究極の真理なのかもしれません。

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